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山口家庭裁判所萩支部 平成4年(家)148号 審判

申立人 甲野一郎

相手方 甲野二郎 外3名

被相続人 甲山こと甲野花子

主文

1  相手方甲野二郎の寄与分を423万7523円と定める。

2  被相続人甲山こと甲野花子の遺産を次のとおり分割する。

(1)  別紙遺産目録1記載の現金のうちの500万円及び同目録2記載の預貯金は、すべて相手方二郎の取得とする。

(2)  相手方二郎は、相手方三郎に対し7万4019円、相手方春子、同秋子、申立人に対し各421万9019円及びこれらに対する本審判確定の日の翌日から支払ずみまで年5分の割合による各金員を支払え。

3  本件手続費用中、鑑定人○○○に支給した鑑定費用10万円については当事者全員の平等負担とし、その余の手続費用については当事者各自の負担とする。

理由

第1相続の開始、相続人及び法定相続分

1  本件記録によれば、被相続人(明治39年11月3日生)は、平成2年7月25日に死亡し、その相続人は、申立人及び相手方4人の合計5人であることが認められる。

2  したがって、申立人及び相手方らの法定相続分は、それぞれにつき5分の1となる。

第2遺産の範囲及び評価額

1  別紙遺産目録記載の各財産が被相続人の死亡当時における遺産であることは当事者間に争いがなく、本件記録によってもこれを認めることができる。

2  いわゆる「相続させる」旨の遺言

(1)  C1号証(遺言公正証書の謄本)によれば、〈1〉別紙遺産目録3記載の不動産を相手方甲野三郎(以下、相手方三郎という)に相続させる、〈2〉現金100万円を相手方乙山春子(以下、相手方春子という)、相手方丙川秋子(以下、相手方秋子という)及び申立人それぞれに相続させる、〈3〉現金100万円を申立外丁川冬子に遺贈する、〈4〉遺言執行者を相手方甲野二郎(以下、相手方二郎という)旨の被相続人の遺言があることが認められる。

(2)  別紙遺産目録1記載の現金600万円のうち、申立外丁川冬子に遺贈された100万円については、遺産分割の対象となる遺産から除外される。

(3)  特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言については、特段の事情がない限り、遺産分割の方法を指定したものであり、その対象財産は遺産分割を経ることなく何らの行為を要しないで被相続人の死亡と同時に当該相続人に承継され、残余財産の分割に際しては当該遺産の承継が参酌されるものと解するのが相当である(最高裁平成3年4月19日判決参照)。

したがっで、別紙遺産目録3記載の不動産については、遺産分割を経ることなく被相続人死亡の時に相手方三郎に相続により承継されたから、遺産分割の対象となる遺産から除外されることになる(相手方三郎は、遺産分割を経ることなく、単独で相続を原因として被相続人から申立人への所有権移転登記をすることができる)。もっとも、現金100万円を相手方春子、同秋子及び申立人それぞれに相続させるとの遺言については、その対象が現金という不特定物であり、当事者間にもこれを遺産の対象とすることに格別の異議はないから、遺言の趣旨を尊重しつつ、本件遺産分割の審判において処理することとする。

ところで、遺言により特定の遺産である前記不動産を取得した相手方三郎並びに現金100万円をそれぞれ取得することになる相手方春子、同秋子及び申立人が、他の遺産を取得することができるか否かについて検討するに、「相続させる」旨の遺言をする者の通常の意思は、遺産分割手続を経ずに当該遺産を特定の相続人に承継させたいということにあり、その遺産の額が法定相続分を下回っているときには、他の遺産を取得させることを禁止する意図まではないものとみるのが自然であること、現に被相続人の公正証書遺言には、「相手方三郎、同春子、同秋子及び申立人には他に遺産は取得させない」あるいは「相手方二郎にその余の遺産すべてを相続させる」旨の記載はされていないことからすると、前記「相続させる」旨の遺言は相続分の指定を伴うものではなく、相手方ら及び申立人は、法定相続分の額に満つるまで他の遺産を取得することができるものというべきである(残余の財産を相手方二郎に相続させることが被相続人の意思であったとする趣旨の供述部分及び供述記載部分〈○○○○に対する審問の結果、C2号証、21号証、24号証、32号証〉は、上記説示内容及び反対趣旨の証拠〈申立人、相手方秋子、同春子の各審問の結果、C17、18号証、26、27号証、31号証〉に照らし、直ちに採用することはできない)。

3  なお、被相続人名義の預貯金債権については、これを遺産分割の対象とすることについて当事者間に異議がなく、これを分割の対象に含めることによってはじめて遺産全体の総合的配分の衡平を図ることができ、もって当事者間の紛争を適正に解決することが可能になるというべきであるから、預貯金債権を遺産分割の対象とすることができるものと解するのが相当である。

4  したがって、本件遺産分割の対象となる遺産の範囲は、結局のところ、別紙遺産目録記載1の現金中の500万円及び同目録2記載の預貯金債権1618万7619円の合計2118万7619円であり、この金額が相続開始時及び遺産分割時(審判時)における上記遺産の評価額であると認める(もっとも、証拠〈C33号証〉によれば、遺産目録1(1)記載の現金300万円の一部〈葬儀費用197万0665円から香典等135万7000円を差し引いた61万3665円相当額〉を相手方二郎が費消していることが認められるが、葬儀費用については、後記のとおり相手方二郎が負担すべきものであるから、右金額相当分についても現金で残存しているものとして遺産の評価額に加え、分割の方法を定める際に考慮することとする)。

第3寄与分

1  相手方二郎の寄与分

本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  被相続人は明治39年11月3日生であり、その夫甲野太郎(以下、太郎という)は明治32年4月21日生であった。太郎は理容師の資格を有していたが、被相続人にはその資格はなかった。

(2)  相手方二郎は、昭和24年に○○○高校を1年残して中退して太郎の理容業(甲野理容店)を手伝うことになり、翌25年には理容師の資格を取得し、以後太郎と共に理容業に従事して家計を支えた。

(3)  相手方二郎は昭和31年6月22日に戊川ゆり(以下、ゆりという)と婚姻したが、ゆりも結婚後甲野理容店の手伝いをするようになり、昭和39年ころには理容師の資格を取得した。

そのころから、太郎及び被相続人が高齢になったこともあり、相手方二郎は、甲野理容店の経営を実質的に任されるようになったが、それまでは太郎から給与等を支給されることはなかった。

(4)  太郎は昭和50年2月24日に死亡し、相手方二郎が遺言により太郎の遺産を相続した。そして、以後、相手方二郎は、被相続人が平成2年7月25日に死亡するまでの間、被相続人を扶養してきた。

具体的には、相手方二郎は、被相続人に対し、生活費として昭和54年4月ころまでは毎月3万5000円を、その後死亡するまでの間は毎月9万円を渡してきた(この財源は、主として、相手方二郎が被相続人から購入した後記アパ一トの家賃収入及び相手方二郎が昭和38年ころに別紙物件目録3記載の土地上に新築した建物く家屋番号321番2の1。アパートで、保存登記がされたのは昭和42年〉の家賃収入であった)。

なお、被相続人は、太郎死亡後は甲野理容店を手伝うことはほとんどなかった。

(5)  被相続人は、別紙物件目録1記載の土地及び同目録2記載の建物を昭和27年ころに購入後、上記建物をアパートとして2所帯に賃貸して賃料収入を得ていた。昭和43年ころ、上記建物が老朽化してきたため、被相続人の求めに応じて補修したが、畳や建具等の造作に要した費用は被相続人が負担したが、基礎部分に要した費用70万円については、相手方二郎がこれを負担した(なお、この補修に際し、2所帯分の間取りを5所帯分の間取りに改装している)。

ところで、上記建物には、各部屋に備え付けの便所及び風呂がなく、これを共用する状態であったため、時代の変化とともに満室となることがなくなったため、被相続人から各部屋に固有の便所と風呂を設置するように改装するように、更にはこれを購入するように求められたため、後記のとおり、上記土地建物を購入し、被相続人に500万円を支払った。

(6)  相手方二郎は、被相続人の求めに応じて、昭和51年8月28日、○○市○○○×××番地の×に木造瓦葺平屋建居宅を1300万円で新築し、被相続人が死亡するまでの間、無償で被相続人を居住させてきた。

そして、相手方二郎は、被相続人が上記家屋で使用した水道、電気、ガス代等の光熱費等一切を負担した。

(7)  相手方二郎は、昭和51年から平成2年までの間における被相続人の負担すべき公租公課をすべて支払った。

上記認定の事実によれば、相手方二郎に特別の寄与があったものというべきであり、遺産の評価額2118万7619円の20パーセントに相当する423万7523円(円未満切捨て。以下同じ)をもって寄与分の額と認めるのが相当である。

2  申立人の寄与分

審判の申立てはなく、本件記録を精査しても申立人に特別の寄与があったものと認定することはできない。

第4特別受益

1  「相続させる」旨の遺言による特定の遺産の承継についても、民法903条1項の類推適用により、特別受益として持戻計算の対象になるものと解するのが相当である。

したがって、別紙遺産目録3記載の不動産は、特別受益として、持戻計算の対象となる。

そして、鑑定人○○○の鑑定の結果によれば、上記不動産の相続開始時点における評価額は、414万5000円と査定するのが相当である。

2  申立人の特別受益の主張について

(1)  申立人は、相手方二郎が、昭和50年12月20日から昭和51年1月8日にかけて、被相続人から別紙物件目録2記載の土地及び同目録3記載の建物の贈与を受けているとして特別受益に当たると主張している(相手方二郎の受贈分が持分2分の1となっており、残りの2分の1は妻ゆりが受贈していることについても、贈与税がかからないようにするために妻の名義を使用したに過ぎず、実質的にみれば相手方二郎が全部の贈与を受けたのと同視できると主張している)。

しかし、本件記録によれば、上記各不動産については登記簿上の取得原因こそ贈与となっているものの、相手方二郎が被相続人からの求めに応じ、昭和50年ころ、代金合計500万円で購入し、相手方二郎とその妻ゆりの各所有名義(持分各2分の1)に贈与を原因として登記が経由されたものであることが認められ(なお、節税のため、贈与の時期を2期に分散し、各4分の1づつ持分が移転されている),相手方二郎と被相続人との身分関係をも考慮に入れると、昭和50年当時において,右売買価格が不当に廉価であったということもできない。

(2)  申立人は、別紙物件目録1記載の土地についても、被相続人が買い受け、農地であったために条件付所有権移転仮登記となっていたものを、相手方二郎名義で売買を原因として所有権移転登記を経由したものであり、実際には、被相続人から相手方二郎への贈与と評価できると主張している。

しかし、本件記録によれば、昭和48年5月3日、被相続人と北野守との間で、被相続人所有の土地と北野守が南川浩一から買い受けた上記土地とを交換し、差額については坪単価1万円と評価して金銭で決済するとの合意が成立したこと、その差額分70万円については、相手方二郎が被相続人に代わってこれを北野守に支払ったこと、上記土地については、当時農地であったため所有権移転登記ができず、被相続人名義で条件付所有権移転仮登記が経由されたこと、ところが農地転用許可申請をしようとしたところ、被相続人には土地を宅地として利用するための資金的裏付けがないとして、転用許可を受けるのが困難であることが判明したこと、そこで被相続人から上記土地を1坪当たり1万円で購入するように求められたため、相手方二郎は、やむなく150万円で購入することとし、これを被相続人に支払い、昭和49年12月10日、上記土地について、同年8月30日売買を原因として相手方二郎名義に所有権移転登記が経由されるに至ったことが認められる。そして、相手方二郎と被相続人との身分関係をも考慮に入れると、昭和49年当時において、右売買価格が不当に廉価であったということはできない。

(3)  したがって、申立人の特別受益の主張は採用できない。

第5葬儀費用

本件記録によれば、被相続人の葬儀は相手方二郎が主宰したこと、葬儀費用に197万0665円を支出し、香典等として135万7000円の収入があり、相手方二郎としては差引き61万3665円の出捐を余儀なくされたことが認められる。

相手方二郎は、この61万3665円について、預金から控除され、あるいは共益費として遺産から控除されるべきであると主張する。

しかし、前記第3の1に認定の事実に照らしても、相手方二郎が被相続人の葬儀を主宰したことはもっともなことであり、上記葬儀費用については、葬儀主宰者であった相手方二郎がこれを負担するのが相当である。

したがって、相手方二郎の上記主張は採用できない。

第6相続分の算定

1  みなし相続財産の価額は、遺産の評価額2118万7619円から寄与分額423万7523円を控除した1695万0096円に特別受益額414万5000円を加えた2109万5096円となる。

2  各相続人の本来的相続分

申立人及び相手方らの本来的相続分は、次の算式のとおり、421万9019円となる。

21,095,096÷5 = 4,219,019

3  各相続人の具体的相続分

(1)  相手方二郎 845万6542円

4,219,019+4,237,523 = 8,456,542

(2)  相手方三郎 7万4019円

4,219,019-4,145,000 = 74,019

(3)  相手方春子、同秋子及び申立人 各421万9019円

第7各相続人の取得額と分割の方法

1  各相続人の取得額

本件遺産分割の対象となる遺産の評価額が相続開始時と遺産分割時で同額であることは、前記認定のとおりであるから、各相続人の具体的相続分がそのまま各相続人の取得額となる。

(1)  相手方二郎 845万6542円

(2)  相手方三郎 7万4019円

(3)  相手方春子、同秋子及び申立人 各421万9019円

2  分割の方法

本件記録によれば、相手方二郎は、被相続人の求めによりその名義の預金から600万円を引き出し、うち300万円は現金で、うち300万円を相手方三郎名義の各預金口座に入金して保管していること(これが別紙遺産目録1記載の現金である)、被相続人名義の預貯金(別紙遺産目録2記載の預貯金)についても、相手方二郎が事実上これを管理していることが認められ、被相続人の公正証書遺言についても相手方二郎が遺言執行者に選任されていることその他一切の事情を考慮すると、次のとおり、本件遺産分割の対象となる遺産をすべて相手方二郎に取得させ、その代わり、相手方二郎には、その余の相続人に対して、前記各取得額との差額を代償金として負担させるのが相当である。

(1)  別紙遺産目録1記載の現金のうちの500万円及び同目録2記載の預貯金(以上、遺産価額合計2118万7619円)は、すべて相手方二郎の取得とする。

(2)  相手方二郎は、上記遺産取得の代償として、相手方三郎に対し7万4019円、相手方春子、同秋子、申立人に対し各421万9019円及びこれら各金員に対する本審判確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅廷損害金を支払う。

3  なお、当裁判所としては、最終調停案として提示したとおり、相手方二郎、同春子、同秋子及び申立人が、本来の各取得額(相手方二郎につき845万6542円、相手方春子、同秋子及び申立人につき各421万9019円)のうち300万円を超過する額を相手方三郎の建物建築費として拠出することを希望する。

第8結論

よって、被相続人の遺産について、相手方二郎の寄与分及び各当事者の分割取得分等を主文第1、2項のとおり定め、本件手続費用中、鑑定人○○○に支給した鑑定費用10万円については当事者全員の平等負担とし、その余の手続費用は当事者各自の負担とする。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 内藤紘二)

別紙 遺産目録等〈省略〉

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